大動脈瘤/大動脈解離
1. 大動脈瘤とは?
2. 大動脈解離とは?
3. 検査と診断方法
4. 治療オプションと聖路加国際病院の取り組み
1. 大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)とは?
✐大動脈瘤の基本的な説明と分類
大動脈は、心臓から全身に酸素を含んだ血液を運ぶための、人体で最も太い動脈です。心臓から出た大動脈は、胸部を上行し、頭に血液を送る枝を出した後、再び胸部を下行しいくつもの枝を出しながら腹部を通って両脚へと分岐します。大動脈の主な部位には名前がついており、大きく胸部大動脈と腹部大動脈に分類されています。
大動脈瘤は、大動脈の壁に生じる膨らんだ部分を指します。原因としては、大動脈の壁が何らかの理由で脆弱になり、血液の圧を受けて膨らむことで生じます。具体的には、加齢や動脈硬化によって徐々に変性した大動脈の壁が拡張してしまうことの他、外傷や感染、炎症によって脆くなったために生じる大動脈瘤があります。その他、Marfan(マルファン)症候群やEhlers-Danlos(エーラス・ダンロス)症候群といった生まれつき動脈の壁が脆く引き延ばされやすいタイプの疾患を持つ人に起こる先天性の大動脈瘤も存在します。また、後述する大動脈解離が原因で脆くなった大動脈に二次的に起こるものを特に解離性大動脈瘤と呼びます。
この中で、外傷性、感染性、炎症性、先天性といった原因については、年齢を問わず発生する可能性があるため、比較的若い方でも、大動脈瘤にならないとは言えません。特に、ご家族に大動脈瘤と診断された方がいる場合は注意が必要です。
それでは何mmから大動脈瘤と呼ぶのでしょうか?
正常な大動脈のサイズは部位によって異なります。個人差はありますが、一般に胸部で30mm、腹部で20mmとされており、正常の1.5倍を超えて拡張した場合に大動脈瘤と定義します。そのため、胸部では45mm、腹部では30mm以上になった場合にそれぞれ胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤と診断されます。
また、その形態から、全周性に膨らんだ大動脈瘤を紡錘状大動脈瘤、部分的に飛び出すように膨らんだ大動脈瘤を嚢状大動脈瘤と分類しています。形態により破裂のリスクが異なるため、これらの分類は極めて重要です。
✐大動脈瘤の症状とリスク要因
大動脈瘤は初期には通常無症状であり、発見が困難なことがあります。
拡大が進むにつれて、周囲の臓器を押しやることによる圧迫症状が出現することがあります。発見が遅れてしまった大動脈瘤は、ついには体内で破裂してしまい、胸部や腹部、背部の強い痛みや出血に伴う症状(血圧の低下、呼吸困難、意識障害、喀血・吐血)が急激に出現し、命を落とすリスクの高い重篤な状態になってしまいます。
下記の症状がある場合には大動脈瘤の可能性があるため、一度ご受診をお勧めいたします。
症状:
・胸部や腹部の不快感・圧迫感(息が吸いづらい、お腹が張る)
・声がかれる、人から声が変わったといわれる(嗄声; 声帯を司る神経の圧迫症状)
・食べ物を飲み込みづらい、喉につかえる(嚥下困難; 食道の圧迫症状)
・食欲低下、すぐに満腹になる、食後の吐き気(胃腸の圧迫症状)
・お腹にドクドクと拍動する物を触る
大動脈瘤のリスク要因は個人によって異なりますが、一般的な要因には以下が含まれます。
・高血圧症
・喫煙
・脂質異常症(高コレステロール血症)
・遺伝的要因(家族歴に大動脈瘤・大動脈解離がある場合)
・加齢
・肥満
リスク要因のコントロールは大動脈瘤の発症予防だけでなく、破裂を防ぐためにも重要ですが、気をつけていれば大動脈瘤にならない・大動脈瘤が治る、といったものではありません。リスクが高い方では特に医療機関での早期診断、早期治療が重要です。聖路加国際病院では、リスク因子のコントロールを含めた綿密なフォローアップを行わせて頂いております。
2. 大動脈解離(だいどうみゃくかいり)とは?
✐大動脈解離の基本的な説明と分類
大動脈は、内側から順に内膜・中膜・外膜と呼ばれる3層構造になっています。このうち、内膜に何らかの原因で裂け目が出来てしまい、内膜が中膜から剥がれてしまう急性発症の疾患を急性大動脈解離と呼びます。解離が発生すると血液が通常の経路から外れて、血管の壁内に入り込み、あたかも血流の経路が2つあるようになることがあります。このうち、本来血液が流れるべき内膜の内側を真腔と呼び、内膜と中膜の間に出来た空間を偽腔と呼びます。
大動脈解離が生じた部分は壁が薄く脆くなり、破裂して体内に大出血するリスクがあります。また、偽腔により各臓器に行く血流が妨げられ、脳梗塞や腎虚血、下肢虚血をはじめとした臓器の虚血症状(分枝灌流障害 malperfusion; マルパーフュージョン)をきたしてしまう可能性があります。特に心臓の近くまで解離が拡がると、心筋梗塞や大動脈弁閉鎖不全症といった症状まで来たし、命を落とすリスクの極めて高い緊急疾患です。
大動脈解離の原因には未だ不明な点が多いですが、大動脈の壁に対する持続的な高い血圧などの負荷が時間をかけて中膜を脆弱にし、身体的活動など何かの拍子に内膜が裂けて発症すると考えられています。大動脈瘤同様にMarfan(マルファン)症候群やEhlers-Danlos(エーラス・ダンロス)症候群と言った生まれつき身体の組織が脆弱な先天性疾患も大動脈解離を引き起こす原因の一つであり、特に家族に大動脈解離を発症された方がいる場合は注意が必要です。
他にも、交通事故や怪我などの外傷によって起こる大動脈解離もあり、同様に命に関わる重要な原因となっています。
大動脈解離の分類は多岐にわたりますが、部位によって分けられたStanford(スタンフォード)分類が後述する治療方針にも関わるため極めて重視されています。
Stanford A型:大動脈解離が心臓に近い上行大動脈に及んでいるもの
Stanford B型:大動脈解離が心臓に近い上行大動脈に及んでいないもの
基本的には、心臓に近い部位かつ脳に血液を送る枝を出す部位である「上行大動脈」にまで解離が波及しているStanford A型の方が危険であり、致命的であると認識されています。しかし、Stanford B型であっても命に関わる重篤な合併症をきたすリスクがあり、より細かな大動脈解離の病態評価と迅速な治療方針の決定には、経験豊富なハートチームによる対応が必要です。
✐大動脈解離の症状とリスク要因
大動脈解離はその多くが急性発症であり、激烈な症状を伴います。具体的には、「過去に経験したことのない」「ナイフで切り裂かれたような」「部位が移動する」と表現される胸や背部、腹部の痛みが特徴的です。しかし、解離の部位や発症形式によって、痛みの程度に個人差があり、痛みの場所も異なるため、他の疾患と見分けがつかず診断が困難であるケースも多く存在します。時には解離の進展が止まり、一時的に痛みがなくなることもあり、受診せずに放置されてしまうこともあり、大変危険です。
また、上記の分枝灌流障害により各臓器の虚血症状が出現すると、失神や上下肢の脱力、腹痛・下血、血尿、呼吸困難など多様な症状を呈します。このため大動脈解離と診断することをさらに困難にします。
リスク要因には大動脈瘤と同様に下記のようなものがあります。
・高血圧症
・喫煙
・脂質異常症
・遺伝的要因(家族歴に大動脈瘤・大動脈解離がある場合)
・加齢
・肥満
・身体的・精神的ストレス
その他、Stanford A型大動脈解離の約半数に睡眠障害が認められことが知られています。不眠症や睡眠不足の他、睡眠時無呼吸症候群は大動脈解離とその後の解離性大動脈瘤への進展に強く関連しており、「夜間に呼吸が止まっている」「家族にいびきを指摘される」といった症状のある方はぜひ早期の受診をお勧めします。
3. 検査と診断方法
✐大動脈瘤と大動脈解離の診断方法
大動脈瘤や大動脈解離の診断には、専門的な検査と診断方法が必要です。特に画像診断が重要であり多様な検査方法が存在しますが、破裂前の大動脈瘤と、大動脈瘤破裂/急性大動脈解離では、前者が健康診断や人間ドックで診断されたり他の疾患で受診した際に偶然見つかったりすることが多いのに対し、後者は救急受診した際に診断されることが多いため、症状の有無等によって検査が使い分けられることに留意が必要です。
以下にこれらの疾患の診断に使用される主な方法を紹介します。
・単純X線写真
一般に胸部レントゲン、腹部レントゲンと呼ばれる検査です。単純X線写真は、大動脈の形状や拡大度を評価する初期のスクリーニングに使用されます。健康診断等でも撮影する機会が多く、精密検査のための受診につながる頻度の高い検査でもあります。
ただし、大動脈瘤や大動脈解離は、大動脈のサイズがかなり大きい場合や、強い動脈硬化・石灰化がある場合でないと単純X線写真では認識できない場合も多く注意が必要です。
・超音波検査(エコー検査)
心エコー、腹部エコーと呼ばれる項目で、健康診断や人間ドックでも選択可能なこともあります。大動脈の形状や拡大度を評価するためのスクリーニングツールで、患者さんの負担が少ない(非侵襲的)点がメリットです。大動脈のサイズが比較的正確に評価でき、大動脈瘤の形状や大動脈解離の内部の性状まで見ることが出来ます。単純X線写真同様に、超音波検査をもとに精密検査のため受診をされるケースが多いです。
その他、救急の現場でも迅速かつリアルタイムに大動脈の評価が可能であり、当院でも来院直後から積極的に救急部・心臓血管外科・循環器内科医師による超音波検査をベッドサイドで行い、迅速な診断を追求しています。
・CTスキャン(コンピュータ断層撮影)
CTスキャンは身体の断面像から内部の詳細な情報を入手することができ、大動脈瘤や大動脈解離の確定診断のために必要な精密検査になります。点滴から造影剤を体内に注入しながら撮影する造影CTは大動脈のより正確な形状を把握するために用いられますが、造影剤を使用しない単純CTだけでも診断に至るケースもあります。大動脈解離による臓器虚血症状を明らかにできる他、大動脈瘤・大動脈解離の治療計画を立てる上でも不可欠な検査です。また、すぐに治療する必要はないがフォローアップを要する大動脈瘤や、手術後の経過観察のためにも外来で定期的に撮影いたします。
・MRI(磁気共鳴画像診断)
アレルギーや高度の腎機能障害などのために造影剤の使用が不可能な患者さんについては、聖路加国際病院ではMRIによる造影剤を使用しない代替画像検査が可能です。MRIは造影CTと比較し撮影にかかる時間は長いものの、CTと同等の診断率を有することが知られており、X線被曝や造影剤の使用がないため有用な検査です。また、炎症の有無などの評価も可能であり、原因の特定のための質的診断では優れています。大動脈瘤破裂や急性大動脈解離といった緊急時には不向きですが、フォローアップや術前検査では適応があります。
上記の症状やリスク要因に該当し、大動脈疾患の不安がある方は是非上記の検査で精査を行い、いつでも当心血管センターにご相談ください。
4. 治療オプションと当院の取り組み
聖路加国際病院の心血管センターでは、心臓血管外科、循環器内科、麻酔科と看護師、臨床工学技士、心臓リハビリ指導士などから成る経験豊富なハートチームが「安全に、最高の治療を」をモットーに最先端の大動脈疾患治療を提供しています。
大動脈瘤・大動脈解離に対する治療に関する説明とともに、当院の取り組みをご紹介します。
✐大動脈瘤/大動脈解離の治療
・薬剤による治療
大動脈瘤に対する直接的な薬物治療は存在しませんが、大動脈瘤の初期段階や手術適応となる前の小さい瘤の場合は、高血圧症などのリスク要因に対する薬の処方が提案されます。一般的には降圧薬が使用され、血圧を安定させて大動脈への負担を軽減します。薬物療法は瘤の成長を抑制することが期待されます。
その他、脂質コントロール、禁煙、睡眠時無呼吸症候群に対する治療などは、リスク要因の管理として非常に重要です。
大動脈解離はStanford A型とB型で治療方法が異なります。A型の場合は手術治療を行わない場合の死亡率が極めて高く、特殊な型を除いて緊急手術を選択します。B型については、
・破裂の兆候がない
・臓器の虚血症状がない
・持続する痛みや高血圧がなく安定している
といった条件の下で、薬物治療だけで管理をする保存的治療が選択されることがあります。
この場合、集中治療室に入院したうえで点滴の薬剤による厳密な血圧と心拍数の管理のもと安静を保つことによって解離した大動脈の安定化を狙った治療となります。
・開胸・開腹による手術治療
大動脈瘤の手術治療:
大動脈瘤が急速に成長し、破裂の危険性が高い場合や特定のサイズ以上に拡大した場合、手術が必要となることがあります。手術適応は大動脈瘤の部位や形態、拡大スピード、年齢や体格、併存疾患などを参考に慎重に評価し決定することが重要です。また、大動脈瘤破裂、急性大動脈解離Stanford A型の場合は緊急で手術が行われます。
手術は開胸または開腹で行われます。病変がある大動脈の部位を切除し、人工血管に置換します。これを人工血管置換術と呼びます。術式は部位により下図のように様々です。
人工血管は、正常な血管の機能を代替するために使用される特殊なチューブ状の装置です。これらの血管は、体内の血液を効果的に輸送する役割を果たします。主にポリエステル等が素材に使用されている現代の人工血管は、長期にわたって機能し、安全に使用が可能で、生体適合性や抗血栓性にも優れており、術後は問題がなければ半永久的な植え込みが可能で、血液をサラサラにする薬も基本的には不要です。
人工血管置換術は一時的に大動脈の血流を遮断して行う必要があり、部位によっては心臓とともに全身の血流を止める「循環停止」と呼ばれる時間が生じます。そのため、脳梗塞等の合併症を防ぐため、術中に患者さんを極めて低体温にしたり、脳などの重要臓器にのみ血流を送る高度な人工心肺技術が求められます。患者さんの身体の負担 = 侵襲は大きいものの、治療の確実性においては代替のきかない、最も信頼性の高い治療でもあります。
・血管内治療
拡大した大動脈瘤の一部の症例では、開胸または開腹で行われる手術の代わりにステントグラフト内挿術と呼ばれる血管内治療が選択肢になります。これは、人工血管(グラフト)に金属製の骨格(ステント)が一体となっているもので、脚の付け根にある動脈(大腿動脈)から挿入して大動脈内に展開することにより、大動脈瘤の壁を血流の圧から隔離することによって治療するものになります。
現在国内で利用可能な機種には様々なものがあり、治療の選択肢も拡がっています。このステントグラフトも人工血管同様、問題が生じなければ半永久的な植込みが可能です。
血管内治療は創が小さく、手術時間が短く、患者さんの術後回復が早いなど、低侵襲性が利点になります。一方で長期的な成績ではまだ人工血管置換術には及ばない点があることや、大動脈の蛇行が強い・石灰化が強いなど、患者さんの身体の解剖の個人差によっては適応できない点が注意を要します。
大動脈瘤破裂や急性大動脈解離の一部など、緊急症例にもステントグラフト内挿術は利用することが可能であり、低侵襲で救命率を高める治療として注目されています。
✐当院の大動脈疾患治療への取り組み
聖路加国際病院 心血管センターでは2022年には65件/年の大動脈疾患に対する手術を行っております。また、「急性大動脈スーパーネットワーク」と呼ばれる、東京都における急性大動脈疾患に対する緊急診療体制の一端を担っており、緊急大動脈支援病院として、急性大動脈疾患の入院・手術を優先的に受入可能な病院として認定されています。
早期診断・早期治療はもちろんのこと、患者さんひとりひとりに合った治療計画をハートチームがご提案し、提供します。
当院では、大動脈の広い範囲に及ぶ病変や、複雑な解剖の症例に対して、人工血管置換術とステントグラフト内挿術を組み合わせた二期的なハイブリッド治療も行っております。他にも分枝動脈を閉塞してしまうおそれがあり通常はステントグラフト内挿術が実施できない患者さんに対しても、分枝動脈のバイパス再建を同時に行うことでステントグラフト内挿術が可能になる症例もあります。
ステントグラフト内挿術に関する最近の当院の取り組みとしては、切開を行わず縫合も要しない1cm未満の最小創部で完結する「経皮的ステントグラフト内挿術」を取り入れており、さらに低侵襲性に磨きをかけております。予定手術では術後2-3日程度で退院可能です。その他、感染性大動脈瘤など専門的な内科治療も行わなくてはいけない特殊な症例にも強いのが当院の長所です。
これらの大動脈疾患は、薬剤での治療や綿密なフォローアップも、かかりつけ医との連携のもとに診断早期から取り組む必要があります。聖路加国際病院 心血管センターは地域連携を重視しており、手術治療だけではなく、内科的治療の継続にも積極的に取り組み包括的に患者さんの健康を守ります。
大動脈疾患の治療でお悩みの際には是非ご相談ください。